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    さて、エジプトの混乱もやや落ち着きを取り戻してきておりますが、
    今回のデモの発端となった、チュニジアの「ジャスミン革命」
    についても少し触れておきたいと思います。

    これはエジプトのデモの背景を理解するのに意外と大事なのです

    日本にいると、そもそも「チュニジアってどこ?」というのが
    普通の感覚だと思いますが、このアフリカ北部に位置する国は、
    かなりエジプトと共通点があります。

    イスラム教国、
    独裁政治、
    若者の高い失業率。。。

    エジプトと状況が極めて似ていたからこそ、
    チュニジアの革命がエジプト人にここまで火をつけたのですね。

    では、エジプトの先駆けとなったチュニジアのジャスミン革命の
    背景について、できるだけわかりやすく書いてみましょう。

    チュニジアは23年にわたり、ベン=アリー大統領という人の
    独裁政権が続いてきました。
    エジプトのムバラク政権と同じようなものですね。

    当然、長期の独裁政権には腐敗や人権侵害が生まれます。
    そしてこのご時勢での失業率の増加。食糧の高騰。

    チュニジアでは実に若者の30%が失業している状態でした。

    そんな中の2010年12月、事件は起きます。

    中部の街・シディブジドで、果物や野菜を売り始めた若者がいました。
    彼は当時26歳の男性。失業中のため、生活費を稼いでいたわけです。

    しかしある日、警察が「許可なく販売行為をしている」という理由で、
    販売に使う荷車を没収。

    生計への道を断たれたその若者は、「なぜこんな不公平がまかり通るのか」
    となんとベンゼンをかぶり焼身自殺します。

    そして、この若者の体を焼いた炎は、全国の若者を中心とした社会に不満を持つ
    人々の心にも飛び火しました。

    権力者たちは腐敗している、職業の権利はある、発言の自由は何処に行った、
    などと全国でストライキやデモが多発。
    そしてついに、政府の治安部隊との衝突で死者が出る事態にまで発展します。

    年が明けた2011年1月。
    焼身自殺を図った若者の葬儀が行われました。

    葬儀には若者の意志を継ぐ多くの人が参列。
    しかし、その行列を警察が弾圧します。

    このことに激昂した民衆は暴徒と化し、各地で火の手が上がりました。
    警察署や政府関係庁舎への放火が始まり、困窮した警察部隊は、
    ついに市民へ発砲。

    いよいよ銃による大量の犠牲者が出てしまいます。
    しかし、これに民衆はひるむどころか、「政府に市民が殺されている」
    と暴動が一層強まる結果に。

    困ったベン=アリー大統領は、これまでの強行姿勢から一転、
    懐柔策に乗り出します。
    「今回の暴動はテロリストによるもの」とした上で、
    若者の反抗を抑えるため、今後2年間で30万人の緊急雇用措置を採ると発表。

    こんな遅すぎるわ、あほかというレベルのごまかしはもう民衆に通用しません。
    もちろん、デモは収まらず。

    すると今度は、「次回の大統領選挙には立候補しない」と発表。
    しかし、国民にとってはこれは当たり前のことでした。
    なぜなら、2014年に78歳になるベン=アリーは、75歳を上限とする
    大統領立候補の権利がそもそもなかったからです。

    国民にとっては「ふざけるな」という話でしょ

    また、国民の生活を楽にするために、食料品高騰を引き下げると表明。
    さらに、言論の自由拡大と共に、インターネット閲覧の制限を解除することを表明。
    治安部隊によるデモ隊への発砲も禁止したと発表。

    もう、あることないこと「言うだけならタダ」状態になっていきます。

    こういうレベルの人間が大統領として独裁政権を担っているわけです。
    ここに、公正な選挙のない国の悲しさがあります。
    日本の菅政権も大概ですが、その比ではありません。

    それでも権力にすがろうとするベン=アリーでしたが、
    ついに頼みの綱であった国軍が、そんな彼に"No"を突きつけます。

    追い詰められたベン=アリー大統領は1月14日国外脱出。
    軍部が逮捕を迫ったためとも。

    まず、旧宗主国フランスに逃げようとしますが、サルコジ大統領が拒否。
    慌ててサウジアラビアに亡命しました。

    これによりベン=アリー政権は崩壊、革命は成し遂げられました
    「ジャスミン革命」とはチュニジアを代表する花・ジャスミンから
    つけられた名前です。

    そして、この事件が、同じ北アフリカの独裁政権である、
    エジプトに火をつけることになるのです。


    「少し触れる」はずが、すごく長くなりました。
    ちょっとブログの趣旨が変わってきた気が。。。

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    たまたまドバイで働くことになった男の旅行記。
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    時々、ドバイの近況も載せるのでのぞいてみてください。

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